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第3回 「情報を食う」の、その先へ――TOKYOラーメンGeeksの今

1995年8月23日、「Windows 95」リリース。

このOSの普及が導いたインターネット時代は、TOKYOラーメンにも新たな地平を切り開いた。発売直後の1996年にはいわゆる96年組、『麺屋武蔵』『青葉』『くじら軒』ら、以後のラーメンシーンをリードするラーメン店が相次いでオープン。折しも到来した個人ホームページ開設ブームともリンクし、ネットと連動したラーメンブームが巻き起こる。

個人サイトや掲示板には、注目店の開店ニュースや新メニューの情報が、そして知られざる取材拒否店の実食ルポが、たちどころにアップロードされていった。まさに、ラーメン情報革命。

95-96年以前は、繁盛店・行列店の座を勝ち取るためには、地道な努力と膨大な時間が必要だった。リピーターを獲得しつつ、一見さんもしっかりつかみ、口コミが拡散していくのを待つか、あるいは雑誌やテレビなどのマスメディアに取り上げられるまで辛抱するか、だ。

では、ラーメンブロガーが存在感を発揮する現代は、どうか。

注目店に一番乗りし、有名店のコラボラーメンをクリア。季節限定の一杯をリストアップし、裏メニューのネタを共有。スマホという機動力の高いデバイスを入手したラーメンブロガーたちは、TOKYOのそこかしこで先端ラーメンをロックオン。

SNSの拡散力をフル活用し、オープン初日から長蛇の列を作る新店は珍しくない。
そこでは、「○○産の煮干しと○○ブランド豚、○○昆布でとる珠玉のスープ」
「カリスマ製麺所と組んで開発したオリジナル麺」
「真空低温調理と炙りのダブルチャーシュー」
といったディテールが次々にアップされ、タイムラインに共有されていく。

そんな麺情報フラット化時代。日々コンスタントに食べ歩きルポをアップし、年1000杯台に届く猛者も珍しくない。しかしここでは、独自のスタイルでラーメンを食べ歩き、エッジの立った情報を紡ぎだす発信者を直撃。"TOKYOラーメンGeeks"の今にフォーカスしてみよう。

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AKAKAGE / DJ 伊藤陽一郎のオフィシャル・ブログ

まずご登場願ったのは、DJ、プロデューサー"AKAKAGE"こと伊藤陽一郎氏。DJ、ミックスCDのリリース、リミックスを含むプロデュースワークなどで活躍するかたわら、ラーメン渉猟をライフワークに。精力的な食べ歩きルポをブログにアップしている。

「現在、ラーメンは週5日ペースで食べ歩いています。体調の悪い時、二日酔いの時でも、衝動的にラーメンが食べたくなり、時間があると麺情報を検索している自分に気がつく…そんな瞬間に、自分のラーメン偏愛を感じますね。

ブログはアーティスト情報の発信からスタートしましたが、食道楽が高じて、食べ物~ラーメン多めにシフトしてきました。ラーメンはもともよく食べていた方ですが……燃えたのは、『不如帰』というお店に出会ってからです」

ラーメン好きの食破スタイルは、新店・限定のクリアに熱を上げる「コレクター」と、特定の店を定点観測的に食べつないでいく「リピーター」に大別される。

伊藤氏は新店を精力的に探訪する一方、原点『不如帰』に軸足を置き、激しくリピート。彼が必食と推すTOKYOラーメンも、『不如帰』2013-14秋冬の新作「鴨脂と蛤 三年熟成生醤油」(夜限定)だ。野趣たっぷりの鴨の脂と、不如帰の特色であるハマグリダシが優雅なマリアージュを見せる一杯。エントリーからその魅力を描写した一節を拾ってみよう。

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撮影:伊藤陽一郎

「夜限定にした理由に頷く蛤の深い旨味に、
ふくよかな鴨脂が覆う。
そして、
確かに芳醇な三年熟成生醤油。
豊かだ。
デフォの醤油がワイルドにすら感じる、
ノーブルな和の一杯。
葱の刻み方も頷ける」


筆致には店主への深いリスペクトが薫り、腰を据えて撮られた画像からはラーメンへの深い愛がたゆたう。

「日々登場する新店や限定ラーメンは、とうてい追いつかないほどのペースです。今、東京でラーメンを食べ歩けることは至福だと思いますね、ホント楽しくてしょうがない。ただ、店主さんへの敬意もありますから、逆に『幅広く美味しい料理を食べなきゃ』と思うんです。それを念頭に置いて、いろいろな東京、日本、世界、地球レベルでの食を満喫しています」

年何杯を食べているのか? これまで通算何杯を食べたか? そんな直情的な問いを伊藤氏は静かにスルーした。多彩なジャンルの料理に視野を広げ、その中でラーメンに愛を持って食べ続けていく。それが彼の流儀。

そう、ラーメンしか知らない人間はラーメンについて何も知らない、のだ――。


伊藤氏のように、ブログ、SNSでは情報に美麗ラーメン画像をカップリングさせた投稿が欠かせない時代だ。しかし、今やGeeksたちの撮影はラーメンのパーツを正確に撮影するだけにとどまらない。独自に編み出した撮影スタイルで注目を浴びる者もいる。世に言う"青木撮り"を考案したイラストレーター・青木健氏はその代表格。

「青木撮りとは、丼にグッと寄ってローアングルで撮る手法です。今まさにラーメンを食べんとする際の画角を再現しました。トッピングなどの情報は捨てるのがこの撮影法の弱点なんですが、重視するのは臨場感。丼を除いたラーメン部分は『黄金比(1:1.618)』が理想です。ラーメンの違った魅力が引き出されると思うので、撮影法のバリエーションが増えるのは賛成です」

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『らーめん えにし』の「らーめん」
ラ部生活

鯉の滝登りのようにダイナミックにリフトさせた。そんな麺の姿を活写するのは"林撮り"。日本テキーラ協会会長にして大のラーメン好き・林生馬氏の撮り方だ。スープ、具材に隠れがちな「麺」をフィーチャーしたスタイルでTOKYOラーメンシーンで異彩を放つ。

HAYASHI
『カレーつけ麺 しゅういち』の「カレーらぁ麺」

「私自身が麺好きなので、麺が一番活き活きする瞬間はいつだろう? と考え、最初に持ち上げて一口啜って噛んだその瞬間を切り取ろう、と思ったのが考案のきっかけです。ラーメンを食べた時の感動と興奮が蘇ってくる。そんな臨場感が伝えられれば。だけど、撮影の成功率は5割以下。構図がうまくできなかったら、さっさと食べちゃいますよ(笑)」

両人が口を揃えたのは「臨場感」。デジタル画面の向こうから、スープを覆う油膜の熱さが、筋肉質な麺の腰が伝わってくるようだ。

店主に撮影の許可を得る、撮影に長々と時間をかけない……そんな撮り・食べ手のマナーも確立されつつある今、ライブ感にあふれる画像群がTOKYOラーメンのビッグデータになっているのだ。

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最後に、ベリーダンサーとして活躍する傍ら、エッジの立ったラーメン評論を続けているレイラ女史を紹介しよう。ラーメン界の最高権威『TRY(東京 ラーメン オブ ザ イヤー)』の審査員を現在まで7期に渡って務めており、TOKYOラーメンの食破ぶりでは屈指の存在だ。

「ラーメンに魅せられたのは、4年間のイギリス留学後に帰国してから。吉祥寺・ホープ軒のラーメンに衝撃を受け、本格的に食べ歩くようになりました」

つけ麺の開祖・山岸一雄氏の『東池袋大勝軒』がクローズする際は寝袋持参で11時間も並んだことも。ラーメンのためだけに佐渡島、北海道は利尻島まで遠征……モーレツなエピソードの数々は、まさにラーメンGeeksの先導獣。麺を求める情熱は余人の追随を許さない。おっとりした語り口ながら、TOKYOラーメンシーンを颯爽と駆け抜けるしなやかな姿が、そこにある。

そんな彼女が「今食べるべき一杯」と推すのは、神保町『さぶちゃん』。

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ラーメンと半チャーハンがセットになった「半ちゃんらーめん」の元祖として知られる、昭和41年(1966年)創業の老舗だ。お得にガッツリ食べたい若者のために作られた、ボリュームたっぷりの懐かしい味わい。

ざっかけない小体な店舗と相まって、テン年代のTOKYOでは希少種になりつつあるラーメンと言える。レイラ女史がこの店を推す理由とは。

「新店にも、おすすめしたい良いお店がたくさん。だけど、最近は体調面や後継者不足・経営不振などでやむを得ずお店をたたんでしまう老舗が後をたちません。新しい味を追いかけるだけではなく、個人経営で古くから頑張っている老舗も振り返ってみたい――そんな思いから、この名店を推薦させていただきました」

郊外ロードサイドを席巻したファスト風土化の波は、個人店が大勢を占めるTOKYOラーメンにも押し寄せている。

「フリークは『情報を食べている』と皮肉交じりに言われることもあります。だけど、情報ばかりに流されていると、東京のラーメンが資本力の強い企業にどんどん駆逐されてしまう。そんな気がしてなりません」

メディアにはニューフェイスが華々しく登場するが、古豪もしっかり食べつがれていくべき、とレイラ女史は説いた。ノスタルジックだけではない。その営為こそ、TOKYOラーメンの多様性をつちかっていくのだ。

今日も、あちこちの店では無数の背中が麺をすすり、スープを飲み干し、“ごっそうさん”と席を立つ。彼らが撮った1枚の画像が、アップしたエントリーは、そのままラーメンシーンの豊饒さを物語る地層になる。

そう、Geeksたちもまた、TOKYOラーメンという運動体の重要な構成要素なのだ。


【TOKYOラーメン連載目次】
第4回 TOKYOラーメン、そのオープンソースの思想
第3回 「情報を食う」の、その先へ――TOKYOラーメンGeeksの今
第2回 どこから来たのか、TOKYOラーメン
第1回 原色の時代を迎えたラーメン


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