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ANAダイナースカード「20年目の出会い」

「空港には幸福しかない」

誰かがそんなことを言ったらしいが、僕はそう思わない。

これから旅に出る人、大切な人の帰りを待つ人、見送る人…。そこには確かに未来があり、幸福があふれている。以前イギリスを旅したときのこと。ヒースロー空港でビールを飲もうと立ち寄ったパブで、隣りに居合わせた60過ぎのジェントルマンは、国内便に乗るだけなのに前日入りし空港内のホテルに泊まっているのだと話してくれたっけ。あれもきっと幸せを味わうためなのかもしれない。

僕と言えば、忙しいばかりの毎日で、今回だって商談を終えサインをしたらトンボ帰りだ。待っていてくれる人もいない。仕事は充実している、不満もない。…だけど、空港を満たすこの幸せな雰囲気だけはどうにも馴染めないのだ。

「ビール」

出国手続きを終え、クレジットカードを見せてラウンジに入り、オーダーする。種類豊富な雑誌は最新号ばかり、そのうちのひとつを手にとって、ソファに深々と身を沈める。幸せな雰囲気は苦手だが、ラウンジで過ごすこうした時間は嫌いじゃない。旅するひとのそれぞれが静かに時を刻む場所。

発着のアナウンスが時々聞こえてくる。

Airport lounge

「失礼。隣り、いいですかな?」

雑誌から顔をあげると、60代くらいだろうか。男性がにこやかにこちらを見てる。後ろには、妻らしき女性が控えめに微笑んでいる。彼女は足の具合でも悪いのだろうか、杖を手にしていた。

「どうぞ」

僕が答えると二人はゆっくりとソファに座り、ワインを頼んだ。

「お仕事ですか?」

男性が聞いてきたので、僕は「はい」と答える。

「すばらしいですね。お若いのに海外に出て」
「……いや、そんなことは」

確かに同期より仕事は充実していると思う。ただ、ただ何か、心にひっかかりがある。

「ご夫婦で旅行ですか」

そう言葉をかけたあと、少しだけ後悔した。それほど話したい気分ではなかったのに。なぜだろうやはり心のひっかかりが自分でも気になるのだろうか。

男性は妻らしき女性を見やり、そして僕に向かって微笑んだ。

「仕事と遊び、半々です」
「というと?」
「これから行く場所には、息子がいるんです。彼を訪ねるところなんです」
「どちらですか?」
「イタリアです」
「イタリアですか……」
「ええ、息子は日本の会社に勤めているのですが、仕事で長らくイタリアにおるのです」
「イタリアのどちらですか」
「ミラノです。彼の会社は私が勤めている会社でもありまして、顔をだす用事ができたので。終わった後は、ヴェネチアに行くつもりです」
「それが遊びですか?」
「そうです。ヴェネチアが水没してしまう前に、見ておこうと思いましてね」

ベネチア記事内

僕は吹き出しそうになってしまった。たしかにヴェネチアは水没の危機に瀕しているが、この男性が生きている間に沈むことはないのではないか。

そんな僕の思いなど知るよしもなく男性は続けた。

「私も30代後半……そう、今のあなたより少し年上くらいの時かな? 違っていたら失礼。出張続きでね、国内が多かったけど、定年前は海外もずいぶん行きましたよ。ずいぶんと時が経ちました」
「そうなんですか」
「知ってますか? 20年前、1994年ですね。アイルトン・セナが事故死したんです」
「そういえば、そうでしたか」
「それもまたイタリアでした」
「……」

ニュースで見たのは覚えているが、もう20年も経つのか。

「ちょうどそのころから、仕事が忙しくなりましてね。妻には迷惑をかけてしまいましたが」
「あら、殊勝なお言葉ですこと」

女性が微笑みながら話に入ってきた。

「ごめんなさいね。主人の昔話におつきあいさせてしまって。ただ、あなたがきっと昔の自分のように見えたんだと思いますよ」
「昔の自分……」
「そう、そうなんだよ。あのころの私は余裕がなくてね」

頭に片手をやり、妻に向かって苦笑する男性に、僕は少しむっとして答えた。

「僕に余裕がないということですか?」
「いや、失礼。失礼。そんな意味ではないのです。ただ、一つだけタイムトラベルしてきた友達から話を聞くつもりで聞いてもらいたいのですが」

僕は黙ってうなずいた。

「ありがとう。人生というのはあっという間です。今こうしている間も時は過ぎ去っていきます。その時を大切にするために、私が老いてから発見した方法をお教えしてもよいでしょうか?」
「……はい。ぜひに」

僕は少し皮肉まじりにそう言った。

シンガポール行きに乗り遅れた人の名前が連呼され、僕たちのいるラウンジにまで聞こえてくる。

「それは愉しむことです。愉しむというのは、自分だけではありません。周囲を楽しませ自分も愉しめるようになることです。例えば、あなたは今、ビールを頼み雑誌を読んでいます。でもそれは、ここでなくてもできることではありませんか?」
「というと?」
「私にはね、自分だけのラウンジの愉しみ方があるんです。それはお酒を味わいながら、これからはじまる旅に思いを馳せ、普段はなかなかできないが、ゆっくりと仕事のことを考えてみるんです。仮にそのときつらくても、飛行機に乗ってしまえば、いろいろなことが起きてすぐに忘れてしまうでしょう? だから乗る前に考え事をするのです」
「しかし、それは飛行機の中でもできるのでは?」
「できますか? あなた、飛行機に乗ってシートベルトのサインが消えたらすぐにパソコンをだすタイプでしょう」
「…ええ、まあ」
「ははは、別にそれがだめだといっているわけではないのですよ。あの空間でのんびりといわれてもね、なかなかできないものです。私のような年寄りには特にね。だから、地上にいる間に、ここで、立ち止まる」
「はあ」
「それから、人とのつながりを作っていくこと。仕事でも遊びでも出会いを大切にしなさい。それがきっと5年後10年後の君を作っていくと思います」

老夫婦

説教をされている気がしてきて、だんだんと腹が立ってきた。しかし男性は悠然としており、僕のいら立ちなど気にもとめていなさそうだ。

少しだけ悔しくなり言い返した。

「だけどあなたも、僕と同じくらいの年齢の時にはうまくいかなかった」

男性は少し悲しい顔をした。

「ええ、そうなんです。だからこそあなたを見て黙っていられなかったのかもしれません。妻は足が不自由でしてね。それは私のせいなんです。仕事で忘れ物をしてしまいまして、それを妻が持ってきてくれる時にね、私が焦らせまして」

男性の言葉が終わらないうちに、奥さんが吹き出した。

「あらまたその話?いいのよ、おかげで私、それからずっとあなたに大事にされてきたもの」
「まあ、妻はこういう性格なので救われるのですが、あのときは妻のことを自分の道具だと思っていたフシがありました」
「そうなの?」
「いや、そうじゃないかもしれないが……ただ、そんな風に勘違いしていた理由は一つ、私に余裕がなかったからなんですよ。それから反省しましてね。とにかく愉しみを見つけるようにしました。ようやく最近ですけどね、余裕が持てるようになってきたのは」

老夫婦が見つめ合う。

「おっと失礼。年寄りの説教が長引いてしまいました。私たちはこれで失礼します」

男性は慣れた手つきで財布からカードを取り出し、さっと支払いを済ませると、仲睦まじく去っていた。

「愉しみ、か」

反論するつもりだったのに、最後はなぜか夫婦のエピソードではぐらかされてしまった。
ANA画像記事内

「同じだったな」

クレジットカードを財布から取り出し、眺める。僕と同じANAダイナースカードを使っていた。ステータスに憧れ、出張も多いからとメンバーになった。あの男性はいつから使っているのだろう。
スマートフォンを取り出して、クレジットカードのポイントを確認してみる。これまではギフト券に変えることしかしてこなかったが、それもすべて親にあげてしまっていた。「愉しみ」という男性の言葉が心に残っている。このポイントで何か別のことをしてみようか。そんな気になっていた。

自分のスタイルを変えるのは難しい。だけど、数時間前の出会いのように、ふとしたことから新たな扉が開くことがあるのかもしれない。カードをもてあそびながら、僕は一人考え事にふけった。これからの仕事、これからの人生について。

そしていつしか、いつも少しだけ憂鬱な帰りの便がなぜか楽しいものになるような、そんな気がしていた。




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※ラウンジの画像はイメージです。ANA ダイナースでご利用いただけるラウンジとは異なります

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