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“手製”にこだわる若き靴職人



浅草といえば、雷門や浅草寺といった観光名所、最近では東京スカイツリーもできて世界からの観光客も多いが、実はここは職人街でもある。中でも靴作りの職人さんが多いことで知られる。古くは着物における雪駄など、そして今は革靴の職人さんも工房を開いている。

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浅草の駅から南千住へ向かう道を10分ほど歩くと、靴職人・矢藤達郎の工房へたどり着く。住宅街にある古い建物だが2階建てで1階が工房だ。

学生時代のスニーカー熱から靴への情熱

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今年36歳になる矢藤達郎さんは、2年前に工房を持った。

「17歳から、靴に興味を持ち始めました」と、矢藤さんは作業する手を止めずに話す。「ちょうど当時はスニーカーブームで、30足近く持っていたと思いますよ」。

靴の持つデザイン性や機能性が好きだったという矢藤さん。スポーツシューズメーカーへの就職を希望したが叶わず、今では世界一の売り上げを誇る日本の大手アパレル企業へと就職した。だが、やはり靴への思いは諦めきれずに1年で退職。その後、手作り靴工房をひらく巻田庄蔵氏のもとへ通いだした。

巻田氏は東京都職業訓練指導員の免許を持ち、若手の育成にも力を入れている。その氏のもとに2年通った矢藤氏はデザイン、型紙、革の裁断や縫製、底付など200にも及ぶ靴作りの工程を学んだ。

機械では作れない靴

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「卒業したのは29歳のときでした。普通は就職するのかもしれませんが、そのまま独立しちゃいました。と言っても、自宅で作業をしていて、宣伝もしていなかったので友人に頼まれた靴を作るという程度でした。もちろん、それだけでは生活できないので、新聞配達や居酒屋でアルバイトもしていました。そんな生活が3年くらい続きましたね。作っていたのも、年に5足といったところでした。靴の値段もいくらが適正なのかもよくわからず1足4~5万円にしていました」。

正直、これを聞いて驚く人もいるかもしれない。僕自身が矢藤氏に出会ったのも、このころだ。父親ほど年の離れた友人から、「面白い靴職人がいる」と教えてもらったのだ。「どうやって生きているんだ」と心配になったが、このときアルバイトで生計を立てていたことを初めて知った。

アルバイトをしながら、独立した靴職人として生活する日々。変化が起きたのは、展示会に出展したり、靴作りを靴教室で教えたりするようになったころだ。

「32歳のころに、先輩の職人から既製靴を手で作る仕事をしないかと持ちかけられたんです。それまでは、オーダー靴を作っていましたが、一緒に仕事をすることにしたんです」。

手製靴とオーダー靴は同じ手製ではあるが、実は大きく異なる。型やデザインがそれぞれ違う、いわゆる1点物なのがオーダー靴。既製の手製靴は同じものをいくつも作るので、型もデザインも同じだ。たとえば、手製靴に取り掛かっている途中で、オーダー靴を作るというのは難しく、両立している人は少ない。

「既製靴の量産をはじめ、集中しはじめるとペースが上がります。そこでオーダー靴をやりはじめると、頭のスイッチが切り替わってしまう。効率が悪くなるんです」

靴作りは、木型作りから始まる。既製靴の場合は、この木型はもともとあるものを使う。続いて、型紙の制作、設計。型紙は靴作りの基本だ。この型紙をベースに、抜き型を作成。抜き型を使って、靴の上の部分(アッパー)の裁断。牛革なら牛革を抜き型をベースに裁断していくわけだ。

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裁断が済むと、今度は革漉きを行う。その後、各パーツを縫製。これで、アッパーができあがる。できあがったアッパーを靴型にかぶせて靴の型に成型。そこで底付けの作業も行う。底付けが終われば、熱風機やアイロンを使ってシワ取りをし、寝かせる。取材をしている時、矢藤さんはこの作業を繰り返し行っていた。一点ものはこれをイチからつくって一つだけ。既製の手製靴は型をベースに何足も作ることができる。

先輩職人の手製靴を経験した2年後、34歳で矢藤さんは独立し、浅草に現在の工房を構えた。

「もともとオーダー靴を仕事にしたくてはじめたことですが、今は手作りの既製靴ということを意識するようになりました。手作りという点では、手製靴も同じです。機械では作れない靴を自分が手がけているという楽しみを感じています」

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話をしながらも、矢藤氏の手は止まらず、木型に合わせて革を伸ばしていく。革を引っ張るようにしながら、形を整えていくその手元に注目すると、見る見るうちにただの革が靴へと変わっていく。

職人街・浅草

浅草という街は職人と縁がある。

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「靴作りを学んだ、巻田先生の工房『手作り靴工房 巻田庄蔵』も浅草にありますし、この街には仲間もたくさんいます。全国の革履物製造事業所のおよそ半分が東京都にあり、そのうちのさらに半分が台東区にあるらしいのです。雪駄や足袋の職人さんもたくさんいます。同世代の職人もいますし、つながりもあります。狭い業界ですからね」。

同世代の職人を含む若手職人へ期待もしている。

「それぞれ、個人の範疇で仕事をしているのでつながりはあっても一緒に動くことはあまりありません。そのため、底上げは難しいと感じることもあります。その一方で、つながりを元に分業ができるようになってきているとも思います。たとえば、型紙を作る職人、底付けをする職人、最後に仕上げをする職人といった風にです」。

個人で仕事をするのではなく、横とのつながりを活かしながら母数の大きな仕事をする動きがあるということだろう。

最後に、矢藤さんに10年後の自分の姿を思い描いてもらった。

「好きなことをしているという点では、今とあまり変わってないと思いますよ。靴の製造・修理をしながら、仕入れた靴も売るようなお店をしているかもしれませんね」。

■矢藤達郎

札幌市出身。台東区の浅草で紳士手製靴・靴全般の製造委託・靴修理を行っている。

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執筆:中村祐介

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